2011年の目標(順不同)
2011年12月31日土曜日
2011年12月振り返り
2011年12月29日木曜日
2011年観戦ランキング
2007年、2008年、2009年、2010年に引続き、毎年恒例。
それでは。
☆2011年1位☆ 日本vsアメリカ(FIFA女子ワールドカップドイツ大会)
震災後の日本に勇気を与えてくれたという文脈で語られることが多いが、なでしこジャパンの活躍が全世界の人々に日本は終わってないぞというメッセージを発したという意味で、今回の優勝は国民栄誉賞宜しく、とてつも無く大きなものだったと思う。
海堀最高!
☆2011年2位☆ ドイツvs日本(FIFA女子ワールドカップドイツ大会)
ドイツ人は間違い無く、自国で行われる女子ワールドカップでのドイツの優勝を確信していたと思う。個々のタレントでは出場チームの中でも群を抜いていて、正直勝てるとは全く思っていなかったが、ドイツで行われたワールドカップでドイツvs日本というカードを観戦することができ、正しくドアウェーの中、まるかりが点を獲ったときのスタジアムの静けさは今まで経験したことの無いものだった。
☆2011年3位☆ マンチェスター・ユナイテッドvsバルセロナ
サッカーの神様が、今までの自分のサッカーに対する情熱に2011年に、一旦ご褒美をくれたのだと思う。チャンピオンズ・リーグ決勝をサッカーの聖地、ウェンブリーで観戦することができた。マンUとバルセロナという誰もが認める世界一のカードは最高で、試合前の雰囲気も、素晴らしかった。
2011年12月16日金曜日
ロナウド・ジダンフレンズvsHSVオールスターズ(UNDPチャリティーマッチ)観戦記
国連の補助機関、UNDP(国連開発計画)による、貧困撲滅の為のチャリティーマッチがHSVのホームスタジアムで開催された。UNDPの親善大使を務めるロナウド、ジダンを冠とするロナウド・ジダンフレンズには、前日プレミア・リーグを戦ったドログバも参戦し、例のチェルシー繋がりで冬の移籍の布石かと掻い潜ったものだが、どうやらドログバもUNDPの親善大使を務めているらしい。
ロナウド、ジダン、ドログバを始めとしてマケレレ、ダービッツ、フィーゴ、ジダにミチェル・サルガド、カンナヴァーロと正しくそうそうたるメンバーがピッチを彩どるのだが、期待していたよりもパフォーマンスはイマイチでロナウドを筆頭として、この人たちは引退するとあまり鍛えることはしないのだなと、そもそも現役時代と比較すること自体が失礼なのかもしれないが。その中でも、一世代前のルーマニアのスター、ゲオルゲ・ハジが外見は普通のおっさんながらもその名に恥じないパフォーマンスを見せていたことには触れておきたい。
銀河系軍団として、2002年のトヨタカップで見せた鬼の様なパフォーマンスは今となっても頭から離れることは無いが、そのときディフェンダーが後ろにひっくり返るほどの驚愕のドリブルを見せたフィーゴ先生は、おっさんとなった感じを見せず若い。それにしても、この日ベンチ入りのメンバーはHSVのジャージを着ていたのだが、非常にレアな一枚である。
我らがHSVオールスターズも、エニング解任からFink就任までの間、トップチームの監督を務めたカルドソを始めとして、マハダビヴィキアにバルバレスと高原が活躍した時代の中心選手を主としてたくさんのおっさんたちが顔を並べた。その場に、高原が居なかったことが色んな意味で残念だが、バイエルンで活躍する(してないので、帰って来て欲しいが)オリッチがHSVの11番で登場する等、昔からのファン心を十分にくすぐる素晴らしい一戦であった。収益金の3分の2が寄付に回されるとのこと。全額で無いところが非常に興味深い。
2011年12月15日木曜日
デュッセルドルフのクリスマスマルクト2011
日本人の日本人による日本人の為の(失礼)商業都市、デュッセルドルフのクリスマスマルクトへ。この街、何度も訪れたことがあるが、日本食のスーパーや和食レストランが集まる泣く子も黙るインマーマン通りImmermann-str.ばかりで、市庁舎を見たのはおそらく今回が初めて。非常に趣のある、魅力的な市庁舎である。
市庁舎前のマルクト広場Marktplatzだけで無く、旧市街を中心とするたくさんの通りでクリスマスマルクトが開かれていた。デュッセルドルフと言えば、「日本人街」を想像するのが世の常であると思うが、ノルトライン・ヴェストファーレン州の州都であり、ドイツの中でも有数の都会であることを、認識させられずにはいられない夜であった。
ということで?今回も、ラーメンに日本的な居酒屋にとインマーマンを十二分に堪能し、戦利品として日本酒とはるさめ、日本の本数冊(ソフトバンク特集のNumber含む)をゲットし、さらに今回は初めて日系のホテルにも宿泊し、一時帰国前に日本への妄想を膨らませながら翌朝、意気揚々とハンブルクへと帰宅。
今回、デュッセルドルフを訪れたのに併せて、ボルシア・メンヘングラートバッハにてサッカー観戦をしたのだが、さすが、かつてルール工業地帯の重要な交通拠点であっただけあり、仮に組もうとすればこの週末で下記のスタジアム詣でが可能だったと思う。そして本拠、フォルトナ・デュッセルドルフが来シーズンの1部昇格を伺う勢いであるが、地の利を生かし、是非とも1度は、同じ欧州で頑張る日本に所縁のある選手の応援に行かれてみてはどうだろうか。
【金】(12月2日)
●20時30分 レヴァークーゼンvsホッフェンハイム
【土】(12月3日)
●15時30分 ボルシア・メンヘングラートバッハvsドルトムント
【日】(12月4日)
●13時30分 ボーフムvsAue
●17時30分 シャルケvsアウグスブルク
ちなみに、デュッセルドルフから電車で直ぐに位置する、オランダのVVVフェンロはこの節、金曜アウェイでのゲームだったが、ホーム金曜開催も少なくないようなので、3日間で5試合観戦というスケジュールも夢では無い。しかも、土曜の夜は美味しい日本食が食えるという。
2011年12月13日火曜日
2011年観戦記録
●ウェストハムvsアーセナル
●HSVvsフランクフルト
●HSVvsザンクトパウリ
●リヴァプールvsマンチェスター・ユナイテッド
●HSVvsケルン
●フェイエノールトvsAZ
●HSVvsドルトムント
●ヴォルフスブルクvsザンクトパウリ
●HSVvsボルシア・メンヘングラートバッハ
●マンチェスター・ユナイテッドvsバルセロナ
●ドイツvs日本(FIFA女子ワールドカップ)
●日本vsアメリカ(FIFA女子ワールドカップ)
●HSVvsケルン
●HSVvsボルシア・メンヘングラートバッハ
●ザンクトパウリvsAue
●バイエルン・ミュンヘンvsレヴァークーゼン
●VVVフェンロvsRKC
●HSVvsカイザースラウテルン
●ドイツvsオランダ
●HSVvsホッフェンハイム
●ニュルンベルクvsカイザースラウテルン
●ボルシア・メンヘングラートバッハvsボルシア・ドルトムント
●HSVvsニュルンベルク
●HSVオールスターvsUNDP世界選抜
●HSVvsアウグスブルク
恒例の?ベストゲームは、後日発表するが、来年はブンデスリーガ全スタジアム制覇をトップ・プライオリティとして、ロンドンオリンピック、そしてハンブルクでのチャンピオンズ・リーグ観戦といきたいところだ。
毎年、年末の一時帰国のお土産にしている其々のスタジアムで買ったユニフォーム。こうやって見ると、日本人選手が如何に増えているかが良く分かる。来年は、誰がどこで活躍するのだろうか。楽しみで仕方が無い。
私に会う予定の方、先着順でご希望承ります。
2011年12月12日月曜日
ザイフェンのクリスマス(マルクト?)
ドレスデンから車で約1時間、チェコとの国境近くに広がるエルツ山岳地帯に位置する人口約3,000人の小さな村ザイフェンへ。このザイフェンは、「おもちゃの村」として有名で何と人口の内、2,000人が何らかの形でおもちゃに関する仕事に就いているという。
そのザイフェンが最も賑わうのがクリスマスの時期。クリスマスツリーに飾る、木製のオーナメントや、くるみ割り人形そして、このロウソクの熱でくるくると回転するクリスマスピラミッド等を目当てに、たくさんの観光客が訪れる。このようなザイフェン的なおもちゃ、各地のクリスマスマルクトで購入することができるが、ザイフェンでは結構な安値で売られている。言い方を変えると、他では結構な高値で売られているのだが、辺りを見回すと、本当に抱え切れない程の買い物をしている人を多く見掛け、我々も訪問の記念にオーソドックスなくるみ割り人形と、日本へのお土産としてお香を炊いて口から煙が出る人形を購入した。余りにも素晴らしいので、買わないと損という購買意欲に掻き立てられる。
ザイフェンという村(町では無く、村なのでしょうか)は、かつて錫(すず)の採掘で栄え、1日の大半を地下鉱山の暗闇で過ごした鉱夫たちを、暖かい光で我が家に迎えてあげようという心遣いから、民家の窓の装飾に光が多く使われており、今でもこれでもかと言わんばかりに其々の家の窓には色々なおもちゃが飾られ、そこからキレイな光が放たれている。駐車場がある、少し離れたところから街を見渡すと当時の鉱夫が感じたであろう哀愁を十分に感じ取ることができる。
クリスマスの時期には、ザイフェン的なおもちゃや昔の鉱夫に扮した地元の住民たちのパレードが行われ、光の装飾と共に、観光客を温かく迎えてくれる。地球の歩き方曰く「村全体がステキなおもちゃ箱」とは良く言ったもので、街の規模としては本当に小さいが、まるでどこかのテーマパークに居るような雰囲気であっという間に時が過ぎていった。所謂、クリスマスマルクト的なものは無かった(グリューワイン等の出店は有る)と記憶するが、村全体がクリスマスマルクトとなっていると言っても過言では無いだろう。
2011年12月11日日曜日
ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサート(ライプツィヒのクリスマスマルクト2011)
ドレスデンからの帰り道、ゲーテやニーチェ、森鴎外が学び、学芸の町として有名なライプツィヒへ寄り道。中央駅Hauptbahnhofで、Twitterで当地在住の方に教えて貰った、カレーブルストCurrywurst(美味い!)食って、ゲーテや森鴎外が通った、1525年創業のアウアーバッハス・ケラーAuerbachs Kellerで酒を飲んだだけの自分が語るのもおこがましいが、東ドイツ民主化運動の発祥地ライプツィヒは、歴史ある非常に魅力的な町だと感じた。
さて、ドレスデンでのサッカー観戦を諦めてまで行きたかったのが、かつて音楽の父ことバッハが音楽監督(トーマスカントル)を務め、今もそこに眠るトーマス教会で行われる、民間のオーケストラとして世界最古、ライプツィヒのゲヴァントハウス管弦楽団(オーケストラ)のコンサート。銅像を見て、ぞくぞくっと来たのは大隈重信候以来だ。
この日の曲目は勿論バッハ作曲の、クリスマス・オラトリオWeihnachts-Oratorium。全6部、約2時間30分から成るこの曲は、教会暦に沿ってクリスマスから顕現節(1月6日)にかけての日曜祝日に1部ずつ分けて演奏されるのが本来で、この日はどの部分だったのか定かでは無いが、トーマス教会少年合唱団とのコラボ宜しく、贅沢この上無い、師走の時を過ごさせて頂いた。ちなみに、ソールドアウトとなったチケットは数週間前に1番高い席がたまたま数枚残っていたようで、メールでやり取りして無事にゲットし、当日引き換え。
音楽室に居た体(てい)のバッハ。せっかくドイツに住んでいるのだから、ドイツ音楽のベーシックな所は本当に学んで帰らないといけないなと真面目に思うと共に、ゲーテやニーチェ、それより先に先ずドイツ語をやらないと本気で人として不味いなと強烈に感じた、歴史あるライプツィヒの旅であった。
2011年12月10日土曜日
ドレスデンのクリスマスマルクト2011
ドイツに来て、来年1月で早4年。今まで、数あるドイツのクリスマスマルクトの多くを回ったが、メジャーどころで唯一、訪れたことのなかったドレスデンへ。今年、名門ディナモ・ドレスデンがようやく2部に復帰したが、近年では主たるサッカーチームが無かった為、ドレスデンに来ること自体も初めて。この町には小、中、高と同級生だった友達が住んでおり、久しぶりの再会を果たす。アテンドありがとう。
しかし、facebookは本当にスゴイ。
街の建物や石畳を見て、誤解を恐れずに言えば「ドイツっぽくないな。」という感想を持ったドレスデン。第2次世界大戦で、都市に対する爆撃で最も大きい類のものであったという爆撃に会い、多くの建物が破壊され、戦後東ドイツ領として発展してきたこともあるのだろうが、やはりチェコとの国境近く30キロほどに位置するドレスデンは、古来よりいわゆる西側とは異なる文化、芸術、産業にて発展してきたのだろうと想像する。
(全く以て表現がチープにつき、不勉強を反省。)
ザイフェンに近いこともあってか、街のあちこちに木組みの人形の姿を見ることができる。この日もツアー含め多くの日本人を見掛けたが、ドレスデンに向かう朝の電車が間違い無くドイツに来て1番の混みっぷりであったり、ホテルの値段が高騰していたりする点、クリスマスマルクト自体が既にドレスデンの大きな収入源の1つとなっているのだろうなと感じた。
ドレスデンのクリスマスマルクトは、1434年以来、ドイツ最古の歴史を誇り今年で577回目。これだけで十分、驚き桃の木どうのこうのだが、さすが、出店している屋台も相当バラエティに富んでおり、其々の地域で特徴のあることが1番の面白さであるクリスマスマルクトに敢えて、ランキング付けをするという暴挙に出たとしたらおそらく、少なくともトップ3には位置してくるのレベルの(何の?)高さだ。サッカーチームもそうであるが、やはり歴史というのは現状を構成する重要な要素の1つだなと改めて実感する。
2011年12月6日火曜日
大前研一通信2011年12月号
今月号の特集は、警告-目覚めよ!日本-
今年1月に購読を開始した大前研一通信も、今回12月で年間購読が終了。今後も購読を継続することは言うまでも無いが、1年間の特集を並べてみると、東日本大震災後、復興へ向けてそして日本という文脈で多くが語られていることが分かる。
●2011年1月号 お金の流れが変わった!
●2011年2月号 お金の流れが変わった!Part2
●2011年3月号 洞察力の原点
●2011年4月号 (緊急)福島第一原発事故
●2011年5月号 日本復興計画
●2011年6月号 日本復興計画PartⅡ
●2011年7月号 日本復興計画PartⅢ及び営業学
●2011年8月号 原発問題と今後の日本
●2011年9月号 "脱日本"、現象の危機!
●2011年10月号 「リーダーの条件」が変わった
●2011年11月号 特集1訣別、特集2「リーダーの条件」が変わったPartⅡ
2011年、大前さんは「日本復興計画」に代表されるようにスピード感を持って次々と著作を出版され、現状を踏まえた上で今後日本がどうしていくべきかという文脈で主に語られていたが、今月号を見るとその財政赤字問題を中心として日本は「ヤバイ」という現状認識で終わり、それを踏まえて個人としてどうすべきかという視点で書かれている。
以前より、大前さんは世界経済には「四つの地雷源」すなわち、「ヨーロッパのソブリンクライシス(国家債務危機)、リーマンショック以降、低迷長引くアメリカ経済とドル危機、中国の不動産バブル、そして日本のギネス級の国家債務問題である。」と指摘されており、個人的には2011年は日本を除く3つの地雷の存在が顕在化した年だと思うし、その点については大方異論は無いだろう。そして、今月号を全体を通してざっと読み終えたときに、4つめの地雷原に火がつくのも本当にそう遠く無い話なのでは無いかと大前さんの今までに無い悲観的な論調から感じてしまった。日本が財政危機に見舞われたときに起きるのが、歳出半減、税金倍増(45兆円の税収に100兆円の予算)のバジェットカットと「ハイパーインフレ」だという。将来を見据えて、今持ってる資産とこれから稼ぐ資産をどう運用していくか(勿論、どう稼ぐかを含めて)自ら学び行動していかないと大変なことになるなと思う、今日この頃である。
2011年12月5日月曜日
レーゲンスブルク訪問記
ニュルンベルクから電車(ICE)で約50分。ローマ時代以来の古都で、長い間戦禍を受けず歴史的な建造物の多くが形を残す、レーゲンスブルクへ。地球の歩き方には、バイエルンで最も重要なゴシック建築云々と紹介されており、重要かどうかはその人次第だろうと突っ込まずには入られないが、街に大きくそびえ立つニュルンベルクの大聖堂はかなりの圧巻でドイツでも随一のものと感じたが、今回は割愛する。
レーゲンスブルクで大聖堂を差し置いて語るべきは、ソーセージ。何と、ここレーゲンスブルクにはドイツ最古という歴史的なソーセージ屋が軒を構える。ドイツ最古というのがどれくらい古いかと言うと、何と11世紀。チェコはプラハのカレル橋のモデルとなったというレーゲンスブルクに架かる石橋を建設する際に、ドナウ河畔に飯場として造られた歴史的な焼ソーセージ専門店がそれ。ちなみに、ここのソーセージに付けて食べるゼンフSenfはお手製とのこと。
ドイツ飯と言えば、ソーセージとビール、ビールとソーセージを思い浮かべる人も多いと思うが、残念ながらそれは全く持っての正解で、予想に反せず、ソーセージとビール、ビールとソーセージはドイツでの生活に欠かせないものであり、しかも、ビールは勿論、ソーセージに関しては、本当に美味しい。前日、ドイツで最も美味いと言われるニュルンベルクのソーセージを食べたばかりだが、ここヒストーリッシェ・ヴルストキュッヘHistorische Wurstkücheのソーセージはそれに匹敵する程、美味しかった。
レーゲンスブルクは、人口約13万人と規模は小さいが勿論、街のあちこちで、クリスマスマルクトが開かれている。地球の歩き方には、「ドナウ川を眺めながら小ぶりの炭焼きソーセージとビールを味わえば、この町に来てよかった、と思わずにはいられない。」とあるが、正しくその通りで、世界遺産にも登録されている旧市街と大聖堂も有り、ドイツに済むものとして1度は訪れておきべき場所では無いでしょうか。
(ニュルンベルクに近いから、たまたま行っただけだが偉そうに言ってみる。)
2011年12月4日日曜日
[2011/2012シーズン】HSVvsニュルンベルク観戦記(Fink監督就任後、7試合無敗)
ウクライナとポーランドで開催されるEURO2012の組み合わせが決まり、ドイツは、オランダ、デンマーク、ポルトガルと同組となり、グループBはいわゆる死のグループとなった。今のドイツだと、これでも難なく予選リーグは突破できると思うが、若手の成長著しいドイツ代表、これからメンバー入りを掛けた、選手個々のパフォーマンスにも注目が集まる。
この日の相手は、先週現地観戦してきたニュルンベルク。カイザースラウテルン相手に、1vs0で勝利はしたものの正直、お寒い内容のサッカーだったので、先日初めてホームでの勝利を飾ったFink率いる新生HSVにとっては確実に勝点3をゲットし、シーズン後半へ向けての追撃態勢を整えたいところであったし、間違い無く勝てると踏んでいた。
ということで、結果は2vs0でしかも、前回のホームと同じく、チームの顔であるゲレーロ、ヤンセンのゴールでの完勝。Fink監督が就任して、この2人を主力に戻した後、ゴールという明確な形で結果が出ており、ヤンセンに当たっては従来よりも、前にそして中にポジショニングさせることにより、彼が本来持つ左足のポテンシャルを生かし、セカンドターゲッターとしてチームの強力な武器になりつつある。このままパフォーマンスを保てば、ドイツ代表への復帰も可能性があるのでは無いか。
今となっては、シーズン当初から何故まともな監督を用意しなかったのかと改めて思うのだが、結果的にFinkを獲って来れたので良しとしよう。今日の勝利でFink監督就任後、7試合無敗で順位も暫定ではあるが11位まで上げてきた。冬休み前のシーズン前半は、アウェイのマインツ戦とホームのアウクスブルク戦の2試合を残す。何とか、2試合で勝点6をゲットし、チャンピオンズ・リーグ戦線に絡むべく後半からの巻き返しに期待したい。
1.ドルトムントvsHSV 3vs1
2.HSVvsベルリン 2vs2
3.バイエルンvsHSV 5vs0
4.HSVvsケルン 3vs4
5.ブレーメンvsHSV 0vs2
6.HSVvsグラッパ 0vs1
★エニング解任★
7.シュツッツガルトvsHSV 1vs2
8.HSVvsシャルケ 1vs2
★Fink監督就任★
9.フライブルクvsHSV 1vs2
10.HSVvsヴォルフスブルク 1vs1
★ゲレーロ覚醒
11.HSVvsスラウテルン 1vs1 ゲレーロ1
★ヤンセン覚醒★
12.レヴァークーゼンvsHSV 2vs2 ヤンセン1
13.HSVvsホッフェンハイム 2vs0 ゲレーロ2、ヤンセン2
14.ハノーヴァーvsHSV 1vs1
15.HSVvsニュルンベルク 2vs0 ゲレーロ3、ヤンセン3
2011年12月2日金曜日
ボルシア・メンヘングラートバッハvsボルシア・ドルトムント(大津、香川出場試合)観戦記
ドイツ、ブンデスリーガの古豪、来年のロンドンオリンピックを目指すU-22日本代表、チャラ男こと大津祐樹が所属するボルシア・メンヘングラートバッハ(以下、グラッパ)のホームスタジアムBorussia Parkへ。ここまで10得点を叩き出し、昨季降格圏からの大躍進の原動力となっている、ドイツ代表FWマルコ・ロイスの負傷により、なかなか出番が回って来ない大津も、U-22での活躍もあり久々のチャンス到来(あわよくばスタメンも?)。日程確定後、今節の数ある試合からこの試合を選んだ自分、相変わらず「持ってる」なと、ブンデスリーガ首位攻防戦での日本人対決に対する妄想にも期待が膨らむ。
ドイツに帰って来てから風邪でぶっ倒れました。 移動の難しさ非常に実感しました。 甘さが出ました。せっかく楽しみにしてた首位対決のボルシアダービー。 まじで悔しい。 けどまずは治すことが大切。 来週にはいけるように今週で治す。 勝ったら1位。全力で応援します。 すいませんでした。
@yukiotsu のつぶやき引用(twitter)
この日のメンバー発表を見て、大津がベンチにも入っていなかったとき、勝負の世界は厳しいな。使われないんだったら移籍も視野に・・・と色々な想いを馳せたものだが、どうやら2試合連続の得点で一躍ヒーローとなったオリンピック代表での、ドイツ→バーレーン→日本→ドイツという移動が祟り、風邪をこじらしたようだorz
勘弁してくれorz
真面目な話、クラブからの拘束が掛からないオリンピック代表等の予選には、大津のような選手は呼ばないで戦って欲しいなと個人的には思う。
この日の試合は、前半40分にレヴァンドフスキのゴールでドルトムントが先制し、後半27分にマイク・ハンケの電光石火の一撃でグラッパが追いつき1vs1のドロー。首位攻防戦に相応しく、文字通り一進一退の攻防でなかなかボールが切れず、非常にレベルの高いゲーム内容だったと記憶する。グラッパの試合をテレビで見ることはなかなか無いが、点が入ったときに流れるアップテンポの曲を含めた、その盛り上がりとスタジアムの雰囲気は特筆すべき秀逸なものであった。
両チームが冠するボルシアという名称は、ラテン語でプロイセンの意味で、旧プロイセン王国地域のサッカークラブに見られるらしいが、この日もドルトムントから黄色のサポーターが多数訪れ、ブンデスリーガに良く見られるように普通にホームのサポーターの中に、黄色が点々と同居する光景がスタジアムに広がっていた。両チームのサポーターが席を隣とし、互いに罵り合いながらも、良いプレーには拍手をし、周りの人のリユースのコップを集めて皆のビールを買って来る、試合後には握手を交わすという、これぞブンデスリーガという素晴らしい光景が間近で見られ、さすがだなと思わざるを得なかった。
さて、シンジカガワこと香川真司であるが、この日もトップ下で先発出場し、ドルトムントの若きエース、ドイツ代表マリオ・ゲッツェとの絶妙なコンビネーションを所々で見せる。久しぶりに香川を見たが、ディフェンスに入ったときのチェイシングから、裏を取るまでの細かい動きまで、他の選手と比べてかなり走っているなというのが印象。ブンデスリーガでトップクラスの走行距離というのにも十分に頷ける。この日は、ゴールに繋がるようなチャンスを演出すること無く、後半途中での交替となったが、自分が言うことでも無いが、引き続き他の日本人選手を引っ張る存在として頑張って欲しいものである。
2011年11月振り返り
2011年の目標(順不同)
2011年12月1日木曜日
ポートフォリオ2011年11月末
2009年8月からの積立開始以降、評価額が最低レベルの基準価格となっていたので、10月に11月分の積立を前倒しし、積立全額を新興国株式クラスへ投入したが、今月さらに下がったので引続き12月分の積立を前倒しして全額、新興国株式クラスに投入。今年の積立はこれで終了とし、正月に日本で将来を憂いながら来年以降の積立計画を練ることとしたい。ちなみに、来年はもっと投資関係の記事を増やそうかと思っている。
2011年11月29日火曜日
ニュルンベルクのクリスマスマルクト2011
ドイツで最も有名らしい(後日、ニュルンベルクに行ったと話していたら、本当にドイツ人がドイツで最も有名だと言っていた。)ニュルンベルクのクリスマスマルクトを再訪。以前、訪れたときは(もう、3年前か。)クリスマスマルクト初心者だった為、そうは思わなかったが、ここニュルンベルクのクリスマスマルクトは広い割には、屋台のバラエティに欠ける。特に食べ物のレパートリーが少なく、どこを歩いてもニュルンベルクのソーセージ、Nürnbergerwurstに当る。その点、我らがハンブルクのクリスマスマルクトは素晴らしいことこの上無いと、ニュルンベルクを貶める気は毛頭無く、やはり規模が大きいことは良いことで、グリューワインを飲みながら街を歩いているだけでも十分に楽しい。この日も、朝早くに到着し一旦、スタジアムへ行き夜が更けた後、再度同じところを歩いたものだ。
金色に輝く、高さ17メートルの塔、美しの泉。塔の周りを囲む鉄格子に金色のリングがはめ込まれており、願い事をしながら、リングを3回まわし、それを誰にも言わなければ願いが叶うという。誰が見ても、この日の対戦相手カイザースラウテルンのサポーターであること一目瞭然だが、勝利という彼の願いは叶えられなかった。
ということで本日のお目当て、聖セバスドゥス教会の横で1313年からNürnbergerwurstを焼いているとう、ソーセージ専門店「Bratwursthaeusle」へ。ソーセージなんてどこで食べても一緒だろうとお思いの方も多いであろうが、ここのソーセージはそんじょそこらのソーセージと違って、マジ美味い。この為だけに、ニュルンベルクへ来てもいい位のレベルだと個人的には思う。その以前にまず、ドイツのソーセージ自体、メチャ美味いということは付け加えておく。
前回来たときも確かそうだったが、ヒルメシドキを過ぎると店が若干狭いこともあり、入るのに並ぶ場合も多い程の人気店。この日は、気合いを入れて?午前11時過ぎに到着したので、すんなりと席に着くことができたのだが、この店の美味しさの秘密は、ガスや木炭を使わずにブナの薪でソーセージを焼いていること。中では、数人のアジア人っぽい店員さんが焼いていたが、途中何度かドイツ人の偉そうなおっさんが叱り飛ばし、最終的にはスーツの上着を脱ぎつつ、おっさん自ら焼き始めていた。早く焼くのか、美味く焼くのかよく分からないが、焼き方にも熟練のコツがあるのであろう。
ドイツで最も美味い(ドイツ人、未確認)ソーセージNürnbergerwurst。噂によると、西洋ワサビを注文しmy醤油を垂らして食べるとさらに美味いらしい。次回は是非試してみよう。
って、ドイツにいる間に来ることは恐らく無いかな。
2011年11月27日日曜日
ニュルンベルクvsカイザースラウテルン観戦記
世界一有名と言われる、ニュルンベルクのクリスマスマルクト再訪と兼ねて、過去(かなり昔だが)ブンデスリーガを9度制している古豪、1.FCニュルンベルクのホームスタジアムへ。
ニュルンベルクのホームスタジアム、イージークレジットStadionはドイツで開催されたワールドカップ後、いわゆるネーミングライツを導入し、以前はフランケンStadionと呼ばれていた。2006年6月18日、ドイツワールドカップ予選リーグ、死闘の末0vs0で勝ち点を分け合った日本vsクロアチアの一戦が行われたスタジアムである。そう言えば、ブラジル戦が行われたドルトムントには行ったので、初戦のオーストラリア戦が行われたカイザースラウテルにも何れ行かねばならない。
ということで、この日の相手は奇しくもそのカイザースラウテルン。正直申して、ルールダービーを始めとして各地でダービーが行われた今週末のカードの中で最も今一の感は否めないが、世界中のスタジアムで其々のストーリーを持ち、熱い戦いが繰り広げられるのがサッカー。1.FC Nürnbergと1.FC Kaiserslauternの其れなりに町の距離も近く、ブンデスリーガにおける存在感も似ており、日本人選手も居ない1.FCダービー?ということで、その内容も含めて非常にブンデスリーガーっぽい試合となった。結果は、ホームのニュルンベルク1vs0での勝利。
ドイツ人をして、ドイツで1番美味しいと言わしめる(らしい)、小ぶりで濃厚な味で有名なニュルンベルクのソーセージ、Nürnbergerwurstとskyのブンデスリーガ中継にも登場し全国的に有名なビール、クロムバッハKrombacherの夢の競演。これを食する為だけに、スタジアムを訪れても良いと言ったら過言であろうが、クリスマスマルクト観光と兼ねて、日本人選手所属チームとの対戦を観に来るのはドイツ観光のコースとしては有り有りかと思う。
後半開始後、何分くらい経ったであろうか、我々の席の横、FCNとFCKのサポーター国境線を越えたところで、クロムバッハの掛け合いが勃発した、警備員とPOLIZEIの初動が遅すぎるのには笑えたが、ピッチを尻目にその騒動を見ていたときに改めて感じたのは、訪れたことの無いスタジアムでサッカーを観るのは何て楽しいことなんだということである。
2011年11月26日土曜日
「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year 2011」に投票しました
「貯蓄から投資へ」と言われて久しいが、そのような時代が到来する気配すら感じられない。
"投信ブロガー"として判断されるか否かは定かでは無いが、もしそうされたのならば、来年からもう少し投信に関する記事を増やそうかな。ちなみに、投信を積立始めた2009年から買付銘柄は特に変わっていないが、2011年に買付金額の多かった3つの投信に其々投票した。結果が、楽しみである。
◆
「投信ブロガーが選ぶ! Fund of the Year 2011」とは?
投資信託について一般投資家の目線でつねに考え、情報を集め、ブログを書いている投信ブロガーたち。投資信託の事情通である彼らが支持する投資信託はどれか?
証券会社の宣伝やうたい文句にまどわされず、自分たちにとって本当によいと思える投資信託を投信ブロガーたちが投票で選び、それを広めることで「自分たちの手でよりよい投資環境を作っていこう!」というイベントです。
2011年11月22日火曜日
とある日常(ドイツ語戦記)
朝の駐車場。いつも挨拶を交わす程度の、サラリーマン風のおっさんが車を降りて来て、どうのこうのとドイツ語で。適当にリアクションを取りつつ、どうやら右後ろのタイヤが凹んでいるらしい。詳細と対応策も説明してくれたっぽいが分からず。とりあえず、昨日までカインプロブレムだったので、タイヤが凹んだままの車でそのまま会社まで行く。
ディーラーに英語で電話して、修理へ。受付のお姉ちゃんに英語で状況を説明。詳細が良く分からないので、非常に説明しづらいが、とりあえず修理工の兄ちゃんが登場。どうのこうのとドイツ語でやり取りを交わし、(こちらは例によってリアクションのみ)空気を入れたりの修理が始まる。一段落したところ、どうやらさらに詳しく見るとのことで別の場所へ車が運ばれ、別で待機。しばらくしたところ、兄ちゃんが再登場し、どうのこうのとドイツ語で説明を始める。基本的に、最初から分かっていないのだが、内容も内容なのでここで観念し、Do you speak English?と聞いてみるも、どうやら話せない。ただ何とか、We fix it.と笑顔で言ってくれたので、何とかなるんだなと安心したところで、兄ちゃんがまた別の場所へ。さらに何かをやるようなのでとりあえず待つ。何分か経過したところ、スタッフ風のおっさんが登場し、英語で詳しく説明をしてくれる。どうやら、タイヤに釘が刺さっていたらしい。応急処置は済ませたものの、近いうちにタイヤを替えるべきとのこと。刺さっていた釘を記念に頂く。
夜の駐車場。いつも車を横に止めるお姉さんが先に帰宅したようで、車の中から挨拶を交わす。ちなみに、このお姉さんが可愛い犬を飼っており今日もご一緒の帰宅。車を降りて、家に向かうところで入口のところに人が居て、ドイツ語で何かを叫んでいる。良く見るとそのお姉さんで、両手が塞がっているのでドアを開けてくれと英語で。そう言えば、このお姉さんには昔、車のバッテリーが上がってどうしようも無かったときに色々と助けて貰ったことがある。
ということで、旅行で海外に行くとその国の言葉が英語で無い国でも英語でコミュニケーションを取るのだが、ドイツに住んでいると、住んでいる身で後ろめたいということも多々有り、まずはドイツ語でのコミュニケーションとなる。(仕事は英語)長年住んでいると、シチュエーションと数々の経験により、だいたい何を言っているのかは分かるので大過無く、時は過ぎ去っていくが、ちょっと込み入った内容そしてこちらからの発信となると困難な状況に陥ってしまう。ちなみに、ドイツ人(特にハンブルク)のほとんどは英語を話せると思って頂いて問題無い。
ドイツに来る前は、長年日本に住みながら日本語を全く話さない(らしい)ジーコを揶揄などしていた身だが、今となってはそんな自分が恥ずかしい。神様ごめんなさい。来年こそは(と言い続けて早4年)、残り少ないドイツ生活、他のことを犠牲にしてでも日常会話程度のドイツ語習得に精を出したいと思っているのだが。。。それもこれも全て良い経験であることには違いない。
2011年11月21日月曜日
[2011/2012シーズン】HSVvsホッフェンハイム観戦記
ブンデスリーガ名物、選手とサポーターが一体となって繰り広げる勝利のダンス。私の記憶が正しければ、最近は(とは言っても、前回ホームで勝ったのは前シーズン3月の試合だが。)勝った試合でもやらなくなったのだが、246日ぶりのホームでの勝利に、サポーターが求めたのか選手が自発的にやったのか、フロント側から指示が出たのか定かでは無いが、そんなことはどうでも良く、この瞬間の為に毎回懲りもせずスタジアムに足を運んでいるんだなと改めて確認。
この日は弱いからか最近多い、日曜開催。相手は昨シーズンまでザンクトパウリの指揮を取っていたスタニスラウスキ(通称スタニ)が監督を務めるホッフェンハイム。ジンスハイムを本拠とする創設1899年の古豪スポーツクラブで、1990年よりソフトウェア会社大手SAP社の創設者がスポンサードし、ドイツ8部から3部へと昇格。その後、前シャルケ監督の名将ラングニック(通称教授)を監督に向かえ、2008/2009シーズンよりブンデスリーガ1部に所属する。このように金にモノを言わせるような経営は、レヴァークーゼンのそれに代表されるように他のチームと比べて人気が付いて来ないのが、ブンデスリーガの定説であるが、この日もアウェイのサポーターは数える程しかおらず、観客数も5万人を割るなかなか寂しいものであった。
我らが9番、ゲレーロのペルー代表で見せるストライカーっぷりを髣髴させる先制点と、個人的に最近イチオシ、左サイドのスペシャリスト、ヤンセンの電光石火の一撃で2vs0とし、先日将来のコーチ職での復帰を前提とした、冬の移籍市場での放出が公となった我れらがヤロリムを投入し、久しぶりのそしてFink政権初の勝利の瞬間を向かえるに十分なスタジアムの雰囲気を造りだす。監督が違うとやはり、ここまで違うものかと思わずにはいられないが、とりあえず、ヤロリムのシャツズボンに入れっぷりに乾杯。
一時期は本当にどうなることかと心配せずにはいられなかった、我らがHSV。この日の勝利で、シーズン開幕以来ようやく降格圏を脱出し、さぁこれからという状況となった。正直、もう降格は無いだろう。名将Finkの元、監督交代後の無敗記録を更新して年明け、ドルトムント、バイエルン、ブレーメンとアウェイで今シーズン屈辱を喫した上位陣との対戦を控える。全部勝てとまでは言わないが、年内残す、残り4試合で出来るだけ勝点を得、冬に的確な補強をした上で、ヨーロッパ戦線へ殴り込みを掛けるべく、年明け気合を入れて戦って欲しいものである。
















































