2011年4月28日木曜日

アルフォンソのオーベルジュ



ドン・アルフォンソがあるサンタアガタは小さな街で、ディナー後、ナポリに戻れる様なところでは無いので、せっかくなのでレストランと併営するオーベルジュへ宿泊し、のんびりしようと思っていたが、前述の通り、到着が遅れに遅れた為、寝て朝食を食べるだけとなってしまった。部屋のベランダから見える景色は秀逸。


レストランを含め、建物の至る所にピンクが使われ、お洒落な感じ。


朝食は、窯で焼かれたパンや大好物の純度100%の新鮮なオレンジジュースなどを燦々と輝く太陽の下で頂く。これ以上無い、贅沢且つ至福の時間。機会があれば、次回は是非ゆっくりと訪れたいものである。


2011年4月27日水曜日

ドン・アルフォンソ1890

南イタリア旅行のメイン・イベントは、ソレント近くはサンタアガタという街にある、ミシュラン2つ星に輝くレストラン、Don Alfonso 1890。ポジターノにアマルフィ、今回の南イタリア旅行は大前研一さんのお勧めを汲まなく網羅した訳だが、ここの料理は自らの農園で栽培された無農薬野菜を使用され、抜群の美味さ。食事中にも挨拶に見えられた、オーナーシェフは毎年2月になると東京のホテルニューオータニに来日し、料理の腕を振るわれている。

それでは、妻の助けを借り、黒柳徹子ばりに1つずつ写真で紹介。


アーティチョークとアンチョビのソース。


海老のフリットとバルサミコソースと米酢。


ライスコロッケとトマトソース&チョコレートソース、ハムとバッファローのチーズなど。


ラビオリ。


ブイヤベース風スープ。


食後のチーズ。(時計回りに食べる)


リンゴのソルベ。(黒柳徹子ばりに、写真を撮る前に食べてしまう)


デザート

この日は突然のフライトスケジュール変更、さらにイースターで教会へ向かう人で街はごった返し、ナポリから利用したタクシーが見事に渋滞に捕まり、20時の予約を22時に変更してもらい、さらに23時までに来れば対応可というありがたいご提案を頂き、到着したのが見事に23時ちょうど。かなり遅い時間となった為、コース料理も2割減での対応となったが、この日何も食べず万全の態勢で臨んだ己の食欲を十二分に満たす最高のディナーであった。食前酒のスプマンテンとキリっと冷えた白ワインも美味しかった。そして、ドン・アルフォンソのようなところでディナーが食べれるようになった自分に色々な意味で乾杯。


2011年4月26日火曜日

ナポリピッツァ


ナポリと言えば、マラドーナとピッツァ。先輩お勧めの行列ができるピッツェリア、Da Micheleへ。ナポリピッツァと言えば、マリナーラとマルゲリータ。マルゲリータ王女がピッツァコンクールを開催し、1等となったピッツァに自分の名前を冠したのがマルゲリータというのは有名な話で、タクシーの兄ちゃんも話していた。


ナポリのピッツァで驚いたのは、そのもちもち感。ピザと言えば、外側のパリパリしたところが美味しいという印象があるが、ここのピッツァは外側を含めて全体がもちもちしている。そして、その値段の安さ、言わずもがなめちゃめちゃデカいのだが、会計からすると1枚3ユーロ程度だったと思う。物価の安さもあると思うが、コストパフォーマンスが抜群すぎる。ボーノです。

Da Michele

Via Casare Sersale 1/7

行列ができている場合は、キャッシャーのところに立つ兄ちゃんに言って、番号札を貰いひたすら待つべし。


2011年4月25日月曜日

南イタリア旅行記(カプリ島青の洞窟)


ナポリからフェリーでカプリ島へ。天候が悪かったり、波が高かったりで入れないケースもある青の洞窟。美しく澄む海と燦々と輝く太陽が作り出す、素晴らしき青。


カプリ島の中でも大人気スポットとなっている、青の洞窟へはフェリー等で向かい、最終的には手漕ぎボートに乗り換えて、順々に入っていく。陸路からも行くことができるようで、ボート待ちの長蛇の列。太陽の位置の関係で、朝がさらに綺麗だという情報は持ちつつもふつうに起きれず、昼ちょい過ぎの到着となったが、1時間程船の上で待った上、ようやくボートへ。ちなみに、船酔い狂の自分は恐れを成していたが、この日の揺れは耐え得る程度の揺れであったが、冬など波が高いときは結構な揺れらしい。ということで、やはり行くのは夏の方が良いのかもしれない。


青の洞窟への入場はこちら、と言わんばかりの入場チケット売り場。これがまた結構高いのだが、どのような権利を持った輩がチケットを売っているのかという疑問を抱かずには居られない。そして、ボートを漕ぐ船頭さんたちも何者なのか良く分からない。彼らは、給料的なものが発生しているのか分からないが、チップは明確に要求してくる。そして、彼らに限らず、カプリ島で働く人々は日本語が堪能で色々なところで日本語を見掛ける。この日、カプリ島へ向かうフェリーの中からナポリやアマルフィでは余り見かけることの無かった、ツアー等多くの日本人を見掛けた。青の洞窟への入場を待つ海の上の多くも日本人、やはり青の洞窟みたいなのは日本人大好きだなと感じた。


カプリ島では、日本を応援する日の丸の掲示を数多く見掛けた。ただ、純粋にグラッチェ!


2011年4月24日日曜日

南イタリア旅行記(アマルフィ)


レモン街道をバスは突っ走る。


この日は、イースター休暇ということもあり、アマルフィ海岸は大混雑。時間を区切っての片側通行が頻繁に行われていた。バスはクラクションを鳴らしながら、その存在感を存分に示しながらレモン街道を突き進む。対向車がバスに気を使った運転を怠った場合、互いにすれ違うことができる間隔を確保できずに、対向車が1台1台バックし、バスが通る道を確保する。そして、バスとバスが遭遇した時がこれまた大変。最大限の道幅が獲れるところで、あと数ミリずれたらアウトというレベルでゆっくりとすれ違っていく。


左の対向車に気を取られてばかりは居られない。右は永遠と続く、恐怖の断崖絶壁。よく事故が起こらないものだなと、イタリアの土木技術と併せて感心せずには居られない。まったくもって、自分でこの道を運転しようとは思わないが、運転が好きな人にとってはそれこそフェラーリで運転すれば一生の思い出となることに違いない。


ということで、アマルフィへ到着。最近は、織田裕二出演の映画により、日本でもその名は有名となったようで、そのせいか何なのか、フェリーのチケット売り場の女性が日本語で挨拶をしてくれた。ここは、その名の通りの観光地で、10世紀に建てられたという大聖堂やカフェやレストラン等が並ぶ。レモンで作られたお酒アマルフィ名物、レモンチェロはグラッパのレモン味といった感じで?秀逸。


2011年4月23日土曜日

南イタリア旅行記(ポジターノ)



今年のイースターは、ナポリを起点として南イタリアへ。ナポリから約1時間、ソレントからサレルノまでの、約40キロの海岸線は、その名の通りの断崖絶壁。大前研一さんが、フェラーリで突っ走ることを勧められているが、断崖に沿って続く急カーブをレンタカーでドライブするのが王道。基本的に車の運転が好きでなく且つ乗り物に極端に弱く酔ってしまうこともあり、おとなしくタクシーとバスを利用してこの爽快感と緊張感を堪能。


前日の宿泊地となった、ソレント近くのサンタアガタという街を出発し、タクシーでポジターノを目指す。海と山が織りなす豪快なコントラストがまさに、素晴らしい!としか言い様が無い絶景がひっきりなしに続く。


タクシーのオヤジの案内を肴にドライブして間もなく、世界遺産にも登録されているポジターノへ。急斜面の山の中に地中海式のカラフルな建物、写真ではその美しさが伝わりづらいのが非常に残念だが、素晴らしい!としか言い様が無い、素晴らし過ぎる景色。ヨーロッパ有数の避暑地として、数あるセレブがプライベートで訪れるというポジターノは、海岸まで歩いて下りていく途中にある街も面白いとのこと。


2台が通るのがやっとのこの道がこの日は大混雑。タクシーのオヤジもこれ以上行ったら戻れない、ということでポジターノからアマルフィへと向かうレモン街道のドライブはバスへと乗り換えていざ、出発。


2011年4月19日火曜日

武士の一分

命をかけて、守りたい愛がある。


おっと、そっちか。どちらかというと、武士として譲れないところみたいなのを描いたのかと思ったが、なるほど。個人的に、未だキムタクがナンバー1なのであるが、やはりカッコいい。壇れいさんもいい、八日目の蝉が見たい。












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2011年4月18日月曜日

ツェレ(Celle)へ行ってきた


ハンブルクとハノーファーの間にあるツェレ(Celle)へ、ヴォルフスブルクへ向かう途中、寄り道。この街、北ドイツの真珠と言われ、色とりどりの木組みの家が旧市街に軒を連ねる。


1つ1つの家が個性的な色や形で、それを見て回るだけでも、(って言うか、それがツェレのメインなんだが)面白い。どの街にもあるようなチェーン店もチェレの景観にとてもマッチしている。


色はシンプルも、市教会と並列し建立するツェレの市庁舎もこれまた外さない。なかなか時間を割いて、日本から来るようなとこでも無いと思うので、ちょっとだけ紹介してみました。


2011年4月17日日曜日

ヴォルフスブルクvsザンクトパウリ(長谷部出場試合)観戦記


今シーズンは、できるだけ日本人所属クラブのスタジアムへ行き、微力ながらブログに記事をアップしようと決めて、今週訪れたのは、泣く子も黙るフォルクスワーゲンが本拠を構える企業城下町ヴォルフスブルク。2007/2008シーズンのブンデスリーガを制したゲームを観戦して以来、2回目の訪問。途中、ツェレという街に寄ってきた為、少し時間は要したが、寄り道せずに行くとハンブルクから電車で約2時間。アウトバーンを使えば、車でも2時間で行くことができる。


ヴォルフスブルクは、フォルクスワーゲンの資金力にモノを言わせ、1997/1998シーズンに初めて1部に昇格した新興チーム。2007/2008シーズンより名将マガトが監督に就任し、その年UEFAカップ出場権を獲得し、翌2008/2009シーズンにブンデスリーガの優勝という形で初タイトル。有終の美を飾る形で契約満了となったマガトがシャルケの復活に寄与する一方、なかなかパッとしない状況が続き、いつのまにか今シーズンの降格戦線に突入し、危険信号が灯ったところ、リーグ戦での不振によりマガトがシャルケを解任されたと同時に呼び戻し、今に至る。個人的には、長谷部云々を抜きとすると、さっさと2部に落ちて、HSVのレジェンド、マガトを解放して欲しいものであるが。


奇しくも、この日の相手となったのはザンクトパウリ。前述のように、ハンブルクから近く、普段ホームゲームのチケットが獲りづらいこともあり、大量のサポーターを動員し、電車で街で、朝から騒ぎ倒しチームを鼓舞し、颯爽と帰る。ちなみに、ヴォルフスブルクへ向かう電車の中から帰宅して家に着くまで、どれだけのサポーターのあの「ザン、パウリー」という雄叫びを耳にしたことか。この日は、ヴォルフスブルクと同じニーダーザクセン州にあるハノーファーとHSVのゲームがハンブルクで行われた為、あらゆるところでビールを抱えた4チームのサポーターを見掛けた。これこそ、ブンデス・リーガ、土曜15時半試合開始の醍醐味、というのが私の持論。詳細は割愛。


ということで、我らがキャプテン長谷部であるが、今シーズンは常時スタメンという状況では無く、チーム状態等、色々と難しい状況にあるのは想像に容易いが、確固たる信頼を得るマガトが監督に復帰して以降、スタメンの地位を確立しつつある様。この日もスタメン、後半途中でイエローを貰った後、即交代となったが、まーいつも通りの可も無く不可も無くといった絶妙のパフォーマンス。ワン、ツーで飛び出した惜しいシュートが1本あったが、サポーターからの声援でも分かるように既にチームの中心として無くてはならない存在となっているのが、現地で見ていて分かる。ちなみに、長谷部が渡独したのが2008年1月、自分が渡独したのと同じなので、勝手に同期としてシンパシーを感じているのであるが、ドイツに来てから3年チョイでいつの間にか代表のキャプテンまで登り詰めてしまった。マイスター・シャーレを獲った頃から言っていたが、ドイツに留まること無く、さらに大きく羽ばたいて行って欲しいものである。香川なんかに負けるな!


2011年4月10日日曜日

HSVvsドルトムント観戦記


我らが香川真司の活躍により、今シーズンのブンデス・リーガを突っ走って来たドルトムントを迎えての一戦。我らがHSVも支柱ロストの移籍等、来シーズンへの話で賑やかになりつつあるが、チャンピオンズ・リーグは厳しいものの来シーズンのヨーロッパ・リーグへの出場圏という明確な目標があり、監督も変わったばかりでモチベーションは十分。


ドルトムントは言うまでも無く、全国区の人気チームであるが、今シーズンの好調もあり、チケットはバイエルン戦、パウリ戦並みの人気で即効ソールドアウト。この日は、ドルトムントのサポーターがアウェイスタンドの一角をビシッと占領し、スタジアムの多くを黄色が占め、その内容も然り、まさにこれぞドイツサッカーという感じの素晴らしい雰囲気もったゲームとなった。


今シーズン、随一の盛り上がりを見せたこの試合の立役者は、勿論、俺のファン・ニステルローイ。正直、最近ほとんど点を獲っていないので本人、そしてそのようなパフォーマンスでも絶大な信頼を寄せるサポーターも歯がゆい部分があったと思うが、普段はゼ・ロベルトが蹴るPKを笛が鳴った瞬間からボールを奪取し(決まっていたのだろうが。)集中を高め、確実にゴール!実は、外す予感しかしなかったのだが、待ちに待った我らがストライカーのゴールでスタンドの盛り上がりも最高潮に達した。って言うか、少なくともラウルぐらいの活躍は常に見せてほしいというのが正直なところであるが。


ということで、後半ロスタイム痛恨の失点により、勝点2を失い、クロップの暴れっぷりに現れるようにドルトムントとしては大きな大きな勝点1を得た訳であるが、残り5節となったブンデス・リーガはどうやらカガワ・シンジが再び輝く舞台の準備を着々と進めているような気がしてならない。来週は、ひさしぶりに長谷部を見に、ヴォルフスブルクへ行ってきます。


2011年4月9日土曜日

大前研一通信2011年4月号

今月号の特集(緊急)は、福島第一原発事故


今回は、原発の話には触れず、


大前さんは、日本国債の暴落、米ドルの暴落、中国バブルの崩壊、ユーロの崩壊という4つの問題を抱える、世界経済の状況から見て、株式、債券、外貨など資産運用の主な対象としてどれも安心できないとし、代替の投資先として不動産を挙げている。


ローンを組んで買った瞬間から価値の下落がスタートする、日本の不動産を投資対象とする筈が無く、語られているのは当然ながら海外の不動産。イギリスやスウェーデン、ドイツ、ロシアなど寒いヨーロッパ北部の人たちが、ポルトガルやスペイン、イタリア、ギリシャなど暖かい国の海岸の町に夏休みに家を借りて滞在し、それを何回か繰り返して最も住みたい町を選び、30代のうちに引退後の家を買うという。どこかの島に行くと、ドイツ人ばかりでドイツ人村が形成されているというのを聞いたことがあるが、そのような島に同じ国出身の人々が集まってコミュニティを形成しているようだ。


1~2ヵ月の夏休みが取れること自体を含め、いかにもヨーロッパらしい贅沢の極みの典型のような行動だが、何の為の資産運用かが大事であることを十分に示唆してくれる。日本人は、若い頃からコツコツと貯蓄し、年を取って死ぬときが資産のピークというのは笑い話のような事実であり、逆に、イタリア人は死ぬまでにお金を使い切り、後には一切残さないらしい。どちらが良いかは議論の余地があるが、いずれにしても、例えば今使えるお金を削って貯蓄に回すことが正しいかどうかは、老後を含めて自分の人生をどうしていくかというイメージが漠然としたものでもある場合にのみ判断可能。投資を始めるにあたっては、いわゆるライフプランってものが本当に重要だと再認識した。ちなみに、自分はヨーロッパに住んでいるということを最大限に利用し、純粋にエンジョイすると供に、未だ若い(つもり)なので、後々の人生に必ず生きてくると信じ、可能な限り旅行にお金を使っているというフェーズ。


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2011年4月7日木曜日

何でも見てやろう

紀行文の元祖。その存在は知っていたが、今まで手付かずでようやく読了。ドイツに来て、初めて海外に住んで3年というこの時期に読むことができたのは大きい。というのも、著者はアメリカ、ヨーロッパ、アジア22ヵ国を旅するのであるが、その真骨頂は旅をして2年が経過した頃から、日本に帰って旅を回想するまで。


『外国に住むことの最大の魅力(また危険)は、自分がその外国の社会に何ら責任がない、そこでは何をしてもよい、あるいは逆に何もしなくてもよい、すくなくとも自分の行為なり状態なりに心理的制御を感じなくてすむ、』


何となく他の言葉、そして感覚では掴んでいたものの、今の自分の状態は正にこれだなと。確かに、昔と異なり、インターネット等を介して日本の情報はほぼタイムリーに入ってくるのであるが、本質的には全く変わらないと思う。いわゆる海外ボケで帰国後、日本に馴染めないというのもここから来るのだろう。


旅行を含めて、海外に出ることの意義として、日本を外から見るということは言い尽くされた感があるが、本当にそれ以外の何者でも無いなと再認識したと同時に、「西洋」と「アジア」というフレーム。著者は、アジアのいわゆる貧困問題も絡めて、とある場面で、『私は、アジア人である私は、アジアに帰って行くより他はないのだ。』と表現しているが、このような視点は重要だなと思うと共に、今後、決してヨーロッパかぶれと成らない様、注意しなければと肝に銘じた。












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2011年4月6日水曜日

マラソンは毎日走っても完走できない-「ゆっくり」「速く」「長く」で目指す42.195キロ

特に説明はいらないであろう、小出監督の著書。5月22日(日)に開催される、ハンブルクマラソンへのエントリーを済ませ、決意だけを新たにしている今日この頃であるが、実は陸上部に借り出され高校駅伝の県予選アンカーとして10キロ走った以降、まともにスピードを持って走ったことが無い。初マラソンで、サブ4という目標を立て、3ヶ月あるから何とかなるだろうと高を括っていたら、既に2ヶ月を切り、ほぼ1ヶ月となってしまった。著書の内容は、ほぼ題名に現れているが、もしこれらの本をじっくりと読んだことが無い方は、目からうろこだと思うので、是非。


とりあえず、これで上げていくか。膝よ壊れてくれるな。


土 40分 全力2分+ジョギング3分×8セット


日 90分 15キロ


月 30分 ジョギング(もしくは、休み)


火 60分 ジョギング


水 60分 ビルドアップ走(徐々にペースを上げるやつ。10分後とする。)


木 休み


金 60分 ジョギング


サブフォーを目指す場合、1キロ5分40秒ペースで、3時間59分6秒。1キロ6分で4時間13分10秒だから、ペーストしてはここまでが許容範囲かな。












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2011年4月5日火曜日

誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀

著者は、「人物破壊(character assassination)」を、標的とする人物を実際に殺さないまでも、その世間での評判や人物像を破壊しようとする行為とし、それにさらされる小沢一郎という形で、「霞が関」、マスコミといった日本のシステムについて考察をしている。


日本 権力構造の謎』という名著を持ち、実績は十分であるはずの著者が何故、このようなある意味安っぽい表題で本を出したのか(中身は秀逸)甚だ疑問であるが、(数は伸ばせるだろうが、読むべき層に届かなくなるのでは?)あるべき姿に向けて現状、日本のシステムが抱える最も重要な問題を的確に表現していると言える。本当にそうなのかは知る由も無いが、現状の体制、秩序の維持を主要命題とする彼らが最も忌み嫌うのが従来のやり方、慣習を変えようとすることだと。


今回の選挙を見ても、本当の意味での政治主導としていくのはかなりの困難を極めるなという印象。最近のいわゆる優秀な東大生たちは、一定層がきちんと官僚へと流れているのだろうかという素朴な疑問。












誰が小沢一郎を殺すのか?画策者なき陰謀
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2011年4月4日月曜日

welfareという名のチューリップ


オランダのキューヘンホフ公園で見つけた、welfareという品種のチューリップです。


2011年4月3日日曜日

フェイエノールトvsAZ(宮市出場試合)観戦記


飛ぶ鳥落とす勢いの18歳、宮市亮を応援にオランダのロッテルダムを本拠とする、フェイエノールトのスタジアム、デ・カイプへ。代表戦を見たことはあるものの、オランダ・リーグ、エールディビジを観戦するのは、今回が初めて。


フェイエノールトと言えば、ある意味レジェンドとなっているのが小野伸二。スタジアムの中には、2002年のUEFAカップウィナーズを記念するものが数多く掲げられていたが、言うまでも無くその中心メンバーとなっていたのが彼。このUEFAカップが丁度、ワールドカップ日韓大会の直前だったから、あのときノリにノっていたんだなぁと昔を回顧したのは、既に10年が経過した2012年。月並みだが、時が経つのは本当に早い。


フェイエノールトがUEFAカップを獲ったことは、当時小野が在籍していたことでフォーカスされていたが、数々の展示を見て気付いたことはこの優勝がホーム、ロッテルダムでのファイナルを勝って得られたものであること。wikipediaで調べた限り、第三国開催となった1997/98シーズン以降、ホームスタジアムでファイナルを獲ったケースはフェイエノールトのみ。スポルティングがリスボンでやっているようだが、その試合は落としている。そう言った意味で、去年、我らがHSVがハンブルクで行われたファイナル目前、準決勝で涙を飲んだことは後悔してもしきれない。


欧州のスタジアムはどれもそこ独特の雰囲気を持っているが、ここフェイエノールトのスタジアムはサポーターとして通い詰め、選手としてプレーするには最高の雰囲気。相手のゴールキーパーのゴールキックに合わせて、「オー、○×△!」と汚い言葉を浴びせるという応援スタイルに、森本カターニャのスタジアム以来出会うことができた。席を隣にしたおばちゃんもどこかラテン系でノリが良く、ヨーロッパ最大の港湾都市とされ、首都アムステルダムとは一線を画すロッテルダムの象徴として、ここデ・カイプは「訪れておくべき場所」としておすすめである。


さて、スピードスター宮市亮であるが、この日も当然ながらスタメンを飾り、サポーターからも既にリオ(あるいは、ミヤィチ!)の愛称で親しまれ絶大な信頼を勝ち得ている様子。恥ずかしながら、テレビを含めてそのプレーを見たのは今回が初めてであり、今日の試合は相当研究されて完全に抑え込まれた様子であるが、その中でもドリブル、ドリブル、ドリブルと徹底的に仕掛けていくプレースタイルとチェイシング時にも見られるその足の早さは天下一品。ロンドンオリンピック、日本代表そして将来的なアーセナルでの活躍を期待したい!


2011年3月振り返り


2011年の目標(順不同)

1.ブログを365記事投稿し、1日200アクセスの達成。

⇒〇 12/31記事 トップアクセス44 いわゆる自粛モードに陥っていたが、しばらくドイツに関する記事を多めにということ、心掛けていきたい。

2.早朝ラン&7時出社を習慣付け、体重65kg体脂肪率15%キープとマラソン完走。

⇒△ 5/27ラン サマータイムだし、改めて5月末のハンブルクマラソンへ向けて再スタート。

3.バルト三国(エストニア、ラトヴィア、リトアニア)の何れかを含み、未だ行ったことの無い国に3ヵ国行く。但し、北欧は除く。

⇒△ 5月、6月の連休で1ヵ国行きたいな。

4.ドイツで行われる女子ワールドカップ、なでしこが勝ち続ける限り、週末は必ずスタジアムへ行く。

⇒△ 2位抜け、決勝トーナメント1回戦のチケット確保も、1位抜け及びファイナルのチケット売り切れorz。入手方法考えないと。たぶん、ドイツは相当盛り上がるんだろうな。

5.槙野は必ずそして、家永か安田あるいはその他、欧州(ドイツ以外)で活躍する日本人のホームスタジアムへ行く。

⇒△ 4月第1週に、宮市を見にロッテルダムはデ・カイプへ。ちなみに、槙野をハンブルクで見た。だから、どうした。

6.TOEIC800点

7.NHKのラジオドイツ語講座と、参考書(文法と単語と読解)を何度も繰り返し、日常会話をマスターする。

⇒× 最近、ドイツのローカルニュースを良く見るようになったり、近所のドイツ人と良く話すようになったりと、ドイツ語の必要性は今までより増している。といって何かした訳では無いが、4月になったので、改めて気合を入れてみる。

8.いわゆる名著、古典の大物を12冊読む。

⇒△ 2冊目、読書中。

9.自宅での食事会を6回行う。

⇒〇 同郷の知人家族、大変お世話になっている先輩と2回done。妻に感謝。

10.円と同レベルのユーロを貯蓄する。

⇒〇 極めて順調。円安傾向にあり、効果も認識。



2011年4月2日土曜日

ポートフォリオ2011年3月末

東日本大震災が発生した翌及び翌営業日、3月及び4月の積立を前倒し実施し、全て日本株式クラスを購入した。そもそも、相当微力ながら買い支えの意味が大で長期的に見ればいずれ戻るだろうという感じだったが、コツコツと毎月積みたてていた日本株式クラスは、既に損益プラスに転換した。とは言え、日経平均も震災前と比較すると大きく下落した状態にあり、さらに円安の影響で海外ものの評価額が大きくなってきたこともあり、ポートフォリオとしては前回と特に変わらず。ということで、4月の積立は自粛・笑。